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極楽浄土の庭。 [雑感]

大阪 四天王寺の日本庭園にある和松庵から極楽池を臨む風景は方丈の中でもっとも美しい。

東には西洋建築様式の「八角亭」が見え、中央には湯屋方丈の家屋があり、庭園全体を「極楽浄土の庭」と称されている。


その「極楽浄土の庭」が、「厭離穢土 (おんりえど )の庭」に見えてくる。写真中央に、ハルカス彼方にノッポビルが霞んで見えているではないか。これを借景とするなら極楽浄土の世界と厭離穢土の世界が混在しアンバランスに見える。


しかしながら、私の勝手な理屈を捏ねさせてもらうなら、現世の苦悩や欲を経て、修行したどり着く極楽浄土の地に例えられないだろうか。個人的な偏見思考ではあるが、そういう景色に思えてくる。


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四天王寺と松。 [文化想造塾【逸品殿堂】]

先日、煎茶会で訪れた四天王寺の本坊玄関の衝立には見事な松の画が描かれていた。

そして待合いの大広間の中庭には黒松だろうか、あるいは五葉松だろうか、それはそれは見事な松があった。


煎茶席で使った茶室が「和松庵」という。松下幸之助氏が寄贈されたものと聞いた。""づくしである。

さらに座談会が行われた「方丈」の床の間には、歴史を想像させる中国松の壁画が描かれていた。


四天王寺はなぜこんなに松との関わりが深いのか、という疑問が湧いた。

歴史的建造物や庭園には、松は不可欠な定木である。松は天に昇る龍をイメージさせる縁起樹であるのはいうまでもない。


それにしても""へのこだわりが強いような気がしたので少し調べみた。

今回、見逃したのだが、極楽門と西重門の間に「鎧かけ松」という有名な松の木がある。この松は、源義経がここ四天王寺に一宿をとったときに、ちょうどよい高さの松を見つけ、自分の鎧をかけた、という伝説が伝わりこの名称になったようだ。


この伝説が、四天王寺の松づくしと深い関係があるのかも知れぬ。これは、私の勝手な想像に過ぎないが、源義経所縁の松となれば、松づくしになるのも不思議ではない。

松を見れば、天に昇る龍の如し、の気分になれるのなら嬉しい限りである。


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一茶庵の四天王寺煎茶会。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

文人茶一茶庵の第二回四天王寺煎茶会が昨日開催された。
会場は、四天王寺の本坊内にある茶室、和松庵と臨池亭の二箇所。和松庵では、"小西亭席"と称し玉露を愉しみ、臨池亭では、而懶社席として雁が音を淹れお客様をもてなした。

そして、午前と午後の間に、本坊では一茶庵佃一輝宗匠と、明尾圭造氏(大阪商業大学)並びに橋爪節也氏(大阪大学)が"上方を愛した文人"等についてトークショーが行われた。

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自然が織りなす美しさ。 [自然美]

最近何気なく撮る風景写真を見ると、構図の中で空の割合が多いことに気づく。
空と雲しかない空間の中で、空の色と雲の形に惹かれている。
人間の力が及ばない空間で、ひと時も同じものはない、自然の織りなす美しさに魅了されている。
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自然が織りなす美しさ。 [自然美]

最近何気なく撮る風景写真を見ると、構図の中で空の割合が多いことに気づく。
空と雲しかない空間の中で、空の色と雲の形に惹かれている。
人間の力が及ばない空間で、ひと時も同じものはない、自然の織りなす美しさに魅了されている。

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費晴湖と李白の共演! [煎茶文化塾「易社」]

19日の茶会の易社席に掛けられるお軸(写真)をみると、小舟二槽がゆるりと山河に浮かんでいる。


この画は、南宗画の大家といわれる「費晴湖」が描いたものである。清代中期に活躍した画家で、江戸時代中期に日本に渡来し南宗画様式の技を伝えた、という記録が残っている。

文人画らしい自由な表現で描かれているのが見てとれる。南宗画独特の大らかさがある。


その画の賛に李白の、あの有名な「早発白帝城」の詩の一節が書かれている。その原文が下記のものである。


朝辞白帝彩雲間

千里江陵一日還

両岸猿声啼不住

軽舟已過万重山


朝早くに、美しくあざやかな雲のたなびく中、白帝城をあとにした。

千里の彼方にある江陵まで(激流の川下りで)一日で帰ってきた。

両岸で鳴く猿の声が、まだ鳴きやまないうちに軽快な小舟は、いつくもの連なった山々を、すでに通過してしまった。


という解釈になる。

李白の心情をこの詩から読み取るなら、「千里江陵一日還」である。千里を小舟で一日で下れるわけがないのに、この一節では一日で下った、と書いている。リアル感よりスピード感を表現したかったのだろう。


左遷され赴任先に行く時の心境なのか、また赴任先から帰路につく時の心境なのか。つまりいままでの雑踏の俗界を猿の甲高い泣き声に例え、それからやっと逃れ、大河に辿りついた様を表現した内容のようである。


費晴湖が描いた画と、李白の詩が見事につり合っている。それをお客様に見ていただくことになっている。


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ドタバタ劇が、楽しい! [文化想造塾<易社/煎茶>]

19日の日曜日は、私が通う煎茶流派「一茶庵」の内輪の茶会が大阪 四天王寺さんで行われる。

煎茶席の二席と、宗匠とその仲間の方々との煎茶談義席、つごう三席をお客様が巡回される。


その一つの席が、われら易社社中が担当する。易社のメンバーの中でも今回はオッサン3名が亭主とお点前するわけである。いつもながら宗匠の無謀な人選に苦笑する。


その稽古が昨夜あった。この易社は、おっさんのドタバタ悲喜劇で笑いをとる大阪らしさが売りである。

ご亭主が、大阪北浜 小西邸(コニシボンド)の大旦那。お点前のお道具一式は、大旦那が好きで収集したコレクションで、千年以上前の涼炉から中国南方地域の交趾焼の湯呑など様々なお道具が並んだ。

一見するとバラバラ感があるが、それがまたユニークで面白い。ご亭主はお軸からお道具までをお客様に解説する。その間に、私ともう一人が午前と午後に分かれお点前をする。


失敗あり、おとぼけあり、苦笑あり、大笑いありの茶会となるのは間違いないだろう。

それを良しとする一茶庵 佃宗匠のユニークさが伺える。

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千年前から耐震構造の「五重塔」 [文化想造塾【逸品殿堂】]

京都 東寺の塔は、創建以来4度の焼失を経て現在で5代目となる。その5代目は、1644年江戸時代に再建されたものである。

塔が再建されたのは、過去4度とも焼失によるものである。一度たりとも地震で倒壊したという記録はないようだ。

弘法大師 空海が、嵯峨天皇から東寺を勅使されたときはまだ塔はなかった。その後、空海の命で塔が建立された、と伝えられている。

内部は、心柱は一本ではなく三層に分かれ接合されている。初層の心柱を大日如来に見立て、その周りに金剛界四仏と八大菩薩が安置されている。
四天柱には金剛界曼荼羅の諸尊が描かれている。この五重塔は、東寺金堂同様に立体曼荼羅の世界である。

この貴重な塔建物、内部が少々の地震では崩れない。それは歴史が証明している。 
55mの細長い建物なので、地震には弱い建造物に見える。それが千年以上も焼失以外で倒壊したことがない、というので不思議でならない。

話を聞いてみると、「耐震構造」の建造物だから、ということらしい。千年前から耐震構造設計がなされていたわけでもあるまい。いくら地震国 日本だから当時から地震に備え建造されたとはいくらなんでも思えない。近代建築学的な「耐震構造」ってのは、阪神淡路大震災後に整備されたと聞く。

しかしながら、資料によると、塔身が初層から最上層まで各層ごとに積み上げ構造なっていて、木材の接合部は切り組みや単純な鋲打ち程度で緊結されてない柔構造になっている。したがって地震のエネルギーは接合部で吸収され上層へ伝わるにつれて弱くなる。そして下と上の層が互い違いに揺れることとになる。
さらに、柱は短いため、倒れようとする力よりは元に戻ろうとする復元力の方が大きいので地震に強い、という理屈が書かれていた。

素人でもわかる説明だが、千年前当時に「耐震構造」として考えられ造られたのだろうか。門外漢ならではの貧相な思考である。
もし、そうであるなら、先人の知恵、工夫、思考はいまの文明を超えているとしかいいようがない。

そんな塔身や内部を観たく先日足を運んだ。最後に感想を書くなら建築工法云々ではなく、この世の空間とは思えない何かを感じさせる。ただただ圧倒された。

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写真はパンフレットをコピーしたもの。

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還暦越え同士で、親睦を深める。 [趣味]

庭木では定番中の定番「イヌツゲ」。垣根か、あるいは玉散らし仕立てに剪定することがほとんどである。
拙庭にも数本あるが、この写真の一本は玉散らしだらけだったので数年前に玉を一つ残しバッサリ枝ごと切った。

昨日、この一つを丁寧に剪定した。還暦を過ぎた木にもエネルギーが溢れている。言葉をかけると、"おまえもガンバレょ!"と励まされた。

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クリスマスバージョン [雑感]

阪急百貨店梅田本店のショーウインドーがクリスマスバージョンに模様替え。
色鮮やかで人目を惹くアート感覚の、ちょっと大人のディスプレーになっていた。

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