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今年初めての、李白。 [雑感]

こんな歳になって漢詩に惹かれる。しかし、思うように詠めない、理解もできない。当たり前っちゃ、当たり前だ。少しずつでも、という気長な話ではあるが・・。

そんな気持ちで今年触れたのが、やはり中国古典文学なかの最高峰と言われる「李白」。


中国の先人の詩は、現代では想像し難い果てしない物語が詠まれているものが多い気がする。

中でも悲愴感を詩に認めるのは極めて難しい。短い言葉で、その思いを想像、連想させることは。

そして詠み手側が、書き手側の意図を汲み上げことができるかにも、その詩の深さが、また意味合いが異なってくる。


こんな思いを抱きながら「李白」を詠んでみた。


望廬山瀑布(廬山の瀑布を望む)

日照香炉生紫煙
遥看瀑布挂前川
飛流直下三千尺
疑是銀河落九天
 

日は香炉(こうろ)を照らして紫煙(しえん)を生ず、遥かに看(み)る瀑布(ばくふ)の前川(ぜんせん)に挂(か)かるを。
飛流直下(ひりゅうちょっか) 三千尺(さんぜんじゃく)、疑(うたご)うらくは是(こ)れ銀河の九天(きゅうてん)より落つるかと


太陽が香炉峰を照らし紫の靄を漂わせ、遥かに遠い川の向こうには滝がかかっている。

三千尺もの高きからまっすぐほとばしって、
まるで天の川が天の一番高いところから流れ落ちたようだ。


悲愴感の中で暮らす李白に、この瀑布(滝)は新たな出発を成す力強いエネルギーになった光景だったのだろう、と想像できる。

今年初めの詩としては心に沁みるものだった。


jiko_85.jpg

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