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250年前の古民家、いまも息づく。 [歴史遺産]

神戸 北区には江戸時代から明治に建造された古民家や歌舞伎舞台が随所にある。

古民家は、いまも生活の場としての家も多い。また、文化財として管理されている建物もある。


その一つが、この「内田家住宅」。県の重要有形文化財として神戸市が管理している。

筑後250年というから江戸時代中期に建てられたもの。当時の民家の間取り構造をそのまま残した貴重な文化財として現存している。


間取りは整形四間取りでいたってシンプルである。南側に上の間、下の間があり、北側に納戸と台所がある。

台所側には古民家特有の広い土間があり、片隅には一段低くなっている馬舎がある。昔は人も馬も同じ建物の中で暮らしていた。


土間には、4連のおくどさん(カマド)がある。いまも火を使い飯炊きなどができるようになっている。


ただ見学するだけの古民家ではなく、一日、炊事や生活(イベント)体験などもできるようだ。


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淡路の「伊弉諾神宮」のあと淡海の「多賀大社」を訪ねて。<湖東シリーズ3> [歴史遺産]

先日、淡路島の淡路市多賀にある「伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)」を訪ね、それから2週間後に縁あって、滋賀県犬上郡多賀町の「多賀大社(たがたいしゃ)に参拝した。
共に、国生みに始まるすべての神功を果たされた天照大神のご両親である「伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)」と「伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)」を祀る由緒正しい神宮、大社である。
しかしながら、伊邪那の幽宮(かくりのみや)は、淡路と淡海(近江)の2ヶ所に存在するということから古来から論議を呼んでいる。

日本最古の文献の古事記では、”伊耶那岐の大神は淡路の多賀にまします”というのが記されている。日本書紀では「是以構幽宮於淡路之洲」とある。つまり「伊弉諾尊は神としての仕事を終え、淡路之洲(の国)で死を迎えるための大きな家を建て、静かに隠棲された」ということが記されてあるようだ。日本書紀の真福寺本には淡海(琵琶湖)の多賀とする。伊勢系本は淡路説ということになっている。古事記と日本書紀で記されている内容が少し異なる指摘があるのも事実のようだ。

そしてもう一つの関心を持ったことは、神宮(淡路)、大社(近江)共に「多賀」という地名がついている。調べてみると「多賀」は、日本の古代において大和や蝦夷の地を美化するために使われた言葉のようである。
「高い地」とか「災いを除く地」ということらしい。だから共にあとから「多賀」という地名がつけられたと推察する。
多賀大社を訪ね驚いたのが、厳かで立派なお社。本殿をはじめ、拝殿、神楽殿、弊殿は素木造の檜皮葺の建物。
大社造の本殿を神楽殿から広がる廊下と塀で囲んでいる。
平入りの屋根が折り重なって広がる建物の様子は迫力を感じさせるものだった。

鳥居をくぐって門の前を流れる小川には、反り橋がかけられている。
石でできたこの太鼓橋は、多賀町の文化財にもなっており、太閤秀吉が信仰を寄せたところから「太閤橋」とも呼ばれているという。

地元の人たちには「お多賀さん」という愛称で呼ばれ親しまれている大社である。昔からこんなことが囁かれていた。「お伊勢参らば お多賀へ参れ お伊勢
お多賀の子でござる。お伊勢七度 熊野へ三度 お多賀様へは月詣り」と。絶大なる「多賀信仰」の深さを物語るものである。

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歴史的ランドマークで、意識が高ぶる。 [歴史遺産]

先日、久しぶりに案内役として大阪城へ行ってきた。「大坂の陣400年記念特別展 豊臣と徳川」を開催されているということで天守閣内を観たくなったので登った。

NHK大河ドラマ「真田丸」を観たものには少々興味深く拝観。展示内容の素晴らしさに驚かされた。改めて歴史的ランドマークに来てみると意識の変化を覚える。
歴史の一コマに触れたような気にさせてくれた。

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梅の名所、牛・茄子・サーフボードなどの祈願像が目立つ。<綱敷天満宮> [歴史遺産]

先日縁あって神戸市須磨区にある「綱敷天満宮」を訪ねた。綱敷天満宮というのは全国数カ所にある。それぞれが学問の神様、菅原道真公を祀っている。
神戸の天満宮も同様に、979年に道真公の分霊を祀ったことに始まったといわれている。
当時、九州の太宰府に左遷途上で休息のため立ち寄り、土地の漁師たちが漁網の大綱を巻いて円座を用意した。これに因んで、神戸市須磨区の地に「綱敷天満宮」が創建された、という言い伝えがある。

天満宮といえば「梅」。神戸の綱敷天満宮も梅の名所として地域の人たちに人気を博している。境内周辺には25種約120本の紅白が咲いている。中でも、「白滝枝垂れ」「森の関(紅)」「呉服枝垂れ」「紅千鳥」「ロウバイ(黄)」などがこれ見よがしに咲き誇っている。

もう一つ天満宮といえば、「牛」が御祭神の使者とされている。へぇ~と思わせるほどの天満宮との関連性にびっくり。単純に道真公が丑年生まれだからだろう。そのためか、いろんな言い伝えがある。
道真公は牛に乗り太宰府に下った。牛が刺客から道真公を守った。道真公の墓所、太宰府天満宮の位置は牛が決めた。などなど道真公と牛にまつわる言い伝えは数多くあるようだ。よって、牛は御祭神の使者として縁起物とされている。

さらに縁起物として「なすの腰掛け」が境内にある。なすの花は一つの無駄もなく実を結び、また「成す」の語呂が同じということから努力が報われる縁起物として腰掛けになっている。

ユニークな祈願像がもう一つある。「波乗り祈願像」。成功を収めるために、時流の波に乗ることを祈願するものらしい。須磨の海に集まる子供や若者たちの幸せを願って、幼少時代の道真公をモチーフに造られた、サーフボードを持つ祈願像に手を合わせる老若男女が多いと聞く。

思ってもみなかった縁起物がいっぱいの綱敷天満宮。道真公の、成功を成すための力を改めて知る訪問になった。

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下から2枚の写真は天満宮HPより転載
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異彩を放つ「モダン寺」。 [歴史遺産]

神戸では、浄土真宗本願寺派神戸別院が「モダン寺」と呼ばれ親しまれている。
全国でも数少ない鉄筋コンクリート造りのお寺である。大正6年に火災でお寺が焼失。翌年から復興に着手、鉄筋の大寺院として国内初のインド仏教様式デザインの建造物が昭和5年に完成。そして昭和35年に全面改装されるが、旧来のインド仏教様式の面影を残し「モダン寺」としていまも異彩放っている。

京都の西本願寺にはよく出かけるが、地元の神戸別院(モダン寺)には行ったことがなかった。通りかかったついでであるが、初お参りした。百聞は一見に如かずである。馴染みのない寺院建物であるが、親鸞上人の教えを仰ぐ仏教教場としては変わりない。これぞ、神戸らしいものかもしれない。

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「マニ車」って? [歴史遺産]

先日、大阪平野にある大念仏寺を訪ねた。本堂横に「マニ車」(写真)なるものがあった。解説掲示板を読むと、主にチベット仏教で用いられる仏具と記されてた。
「マニ車」は経文の入った筒を時計回りに一回まわすと、お経を一巻唱えるのと同じ功徳があると言われているもの。
全国でも、チベット、ネパール製のマニ車があるのは大阪らしい。それは、大阪の十三仏寺院にネパールのパタン市から贈られたもの。その一つが大念仏寺だとのことだった。

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神体山信仰の「太郎坊宮」。湖東の風景2 [歴史遺産]

「太郎坊宮」。正式名は太郎坊・阿賀神社という。パワースポットの名所として知られている。ちょくちょくTVでも紹介されているようなのでご存知の方も多いかもしれない。 その場所は、滋賀県東近江市になる赤神山の岩石が露出する断崖にある。見るからに神が宿る霊山として神秘的な雰囲気を醸し出している。まさに神体山信仰の神社である。 移動中に、車中から山肌に見えた神秘的な社に興味をだき尋ねた。すると同行していただいている地元の方から、太郎坊宮(たろうぼうきゅう)ですよ、という返事だった。私の好奇心を察してか、では行ってみましょ。車で上がれますので、という言葉が足腰の弱い私には神の激励のように聞こえた。 太郎19.JPG 社務所前に到着したが、車はここまで。上を臨めば傾斜ある階段740段を登る。山岳信仰のの霊地だけあって多少の苦行はいたしかたない。やっとの思いで上がると本殿前に高さ12mの一枚岩がそびえる。その巨岩は、神の神通力で人ひとり通れる割れ目ができた、という謂れのある岩である。いまはそれを夫婦岩と呼び、その間を通ると病気が治るといわれているようだ。 太郎2.JPG太郎14.JPG 太郎15.JPG 太郎6.JPG 断崖に建つ本殿前から眺める近江平野は、稲刈りの時期だったので黄金色に輝いていた。そして神事や神楽、能などを催す舞台があり、その舞台から見下ろす平地の姿は遠くに思えてくる。 山を神体として祀る神社は、どうしても神秘的な雰囲気を感じる。確かに空気も風も違うのであろう。なによりも違うのは、参拝する方たち"思い"や"願い"のような気がした。
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歴史の、確かな証。 [歴史遺産]

今日は大阪市立美術館へ行ってきた。「王羲之から空海へ」というタイトルで日中の書聖たちの大傑作が一堂に展示されていた。
パンフレットには、王羲之に始まる書法の伝承を、中国・日本それぞれの名品によって回顧する展覧会、と記されてあった。

歴史や書蹟にうといものにとっては、1回程度の鑑賞では、この展覧会のストリーが把握できるわけもない。ただ、関心をひいたものがいくつかあった。中国書蹟では唐、宋、元、明、明末でそれぞれの書の大家の個性あふれる書法。そしてもう一つが、最澄と空海の淡交を示す真筆書状。最澄が空海に宛てた、自筆の手紙として現存する唯一のものや、空海から最澄に送られた書状を実際にみると歴史の確かな証をみた思いであった。

下段の写真は、空海が最澄に送った真筆書状。(別冊太陽 日本のこころ187「空海」)から転載。

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水は、科学と宗教の両視点で。 [歴史遺産]

昨日、高野山大学主催の講演会を聴きに行ってきた。
テーマが「宇宙の摂理への想い」で、サブに「科学と宗教の視点から」となっていた。
理解するには難しすぎるお題目と思っていたが、実際は一般でも分かりやすいものだった。

ふたりの講演者で、まず国立研究開発法人の産業技術総合研究所の高橋正好先生の「泡」の話だった。水の中に散在する泡を極小にすればするほどその泡のもつ力が大きくなるというものだった。マイクロバブルよりももっと小さいナノバブルになればその泡の力は絶大になるという。その作り方からその力をもつ泡の活かし方までを分かりやすく解説された。

続いて、仏教界の重鎮として名高い、高野山金剛峰寺前座主で高野山真言宗前管長の「松長有慶」大僧正。演壇に立たれて第一声が「先ほどの高橋先生はスライドを駆使されてお話されたが、私はなんにもありません」という微笑ましいツカミで始まった。
日本の仏教では、水は「単なる物ではなく生命ある物」という捉え方をしている。奈良東大寺の「お水取り」もそう。とくに真言密教の六大には「地・水・火・風・空・識」がありその中の一つに「水」がある。その「水」の特長が、まず「清涼感」「変幻自在に変わる力」「洗浄力」そして「生育力」であると講話された。

高橋先生と松長大僧正の話からしても、日本人はしぜんに「水」を大切にしているような気がする。それ以上に不思議な力をもつ存在として認めているかのようだ。物質としての物と精神性の高い世界の中でなくてはならない物として存在している。
身近にある「水」が、これからの地球に社会に人間に、さらなる具体的な貢献が見えてくるような気がした。

写真は、高野山大学通信教育課程パンフより転載。(2011年 ナムギャル僧院の僧侶が製作した砂マンダラ)
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晩秋の姫路城。 [歴史遺産]

Himeji Castle, world's cultural heritage and National treasure.
晩秋に輝く姫路城も美しい。

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