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間違いが故事に。「漱石枕流」 [文化想造塾<易社/煎茶>]

写真は、昨夜の稽古でかけられていたお軸である。
幾日霜風木葉乾,湖山深處水雲寬
閒情每向無人得,落日孤亭枕石寒
といった漢詩が書かれている。

風や霜がおり木の葉は乾いてる。
深い山、湖に雲が広がる。
この広いところに人の気配はない。
日が暮れひっそりとした小屋で石の枕が寒々しい。

旅人が一泊の野宿に立ち寄ったのか、また一人寂しく隠棲しているのだろうか。どちらにしてもその風景が想像できる。
詩中の「枕石(ちんせき)」という言葉が状況を推察するヒントになる。

中国の故事に、「漱石枕流(そうせきちんりゅう)」という熟語がある。この意味は、自分の失敗を認めず、屁理屈を並べて言い逃れをすること。負け惜しみの強いこと。
この言葉は、三国志に登場する西晋の政治家である孫 楚が間違って、「枕石漱流」というべきことを「漱石枕流」と言い、間違えを認めず屁理屈を並べて言い逃れたことから、この「漱石枕流」がそのまま故事として伝えられることになったようである。

ご存知、夏目漱石は、この故事を引用し、雅号とした。漱石自身も、名前につけるくらいこの故事が気にいっていたことになる。つまり、自身も頑固で屁理屈が好きだ、ということになる。

昨夜は煎茶の淹れ方としては基本中の基本である、水から茶葉を煮る「煮茶法 」、湯から茶葉をにる「烹茶法」そしてその中間の「中煮法」の三種を楽しんだ。

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一茶庵の四天王寺煎茶会。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

文人茶一茶庵の第二回四天王寺煎茶会が昨日開催された。
会場は、四天王寺の本坊内にある茶室、和松庵と臨池亭の二箇所。和松庵では、"小西亭席"と称し玉露を愉しみ、臨池亭では、而懶社席として雁が音を淹れお客様をもてなした。

そして、午前と午後の間に、本坊では一茶庵佃一輝宗匠と、明尾圭造氏(大阪商業大学)並びに橋爪節也氏(大阪大学)が"上方を愛した文人"等についてトークショーが行われた。

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ドタバタ劇が、楽しい! [文化想造塾<易社/煎茶>]

19日の日曜日は、私が通う煎茶流派「一茶庵」の内輪の茶会が大阪 四天王寺さんで行われる。

煎茶席の二席と、宗匠とその仲間の方々との煎茶談義席、つごう三席をお客様が巡回される。


その一つの席が、われら易社社中が担当する。易社のメンバーの中でも今回はオッサン3名が亭主とお点前するわけである。いつもながら宗匠の無謀な人選に苦笑する。


その稽古が昨夜あった。この易社は、おっさんのドタバタ悲喜劇で笑いをとる大阪らしさが売りである。

ご亭主が、大阪北浜 小西邸(コニシボンド)の大旦那。お点前のお道具一式は、大旦那が好きで収集したコレクションで、千年以上前の涼炉から中国南方地域の交趾焼の湯呑など様々なお道具が並んだ。

一見するとバラバラ感があるが、それがまたユニークで面白い。ご亭主はお軸からお道具までをお客様に解説する。その間に、私ともう一人が午前と午後に分かれお点前をする。


失敗あり、おとぼけあり、苦笑あり、大笑いありの茶会となるのは間違いないだろう。

それを良しとする一茶庵 佃宗匠のユニークさが伺える。

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名月と清風を楽しみ憂いを忘れる。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

前2回の稽古では「赤壁賦」を学んだ。
前々回は、お軸にある「前赤壁賦」の一文 ”撃空明兮泝流光”を抜き出して想い巡らした。
前回は、前赤壁賦の一遍である前段を通して作者である蘇軾の心情を探った。
下段にある、その一遍が原文である。

壬戌之秋七月既望蘇子與客泛舟遊於赤壁之下淸風徐來水波不興擧酒屬客誦明月之詩歌窈窕之章少焉月出於東山之上徘徊於斗牛之閒白露横江水光接天縱一葦之所如凌萬頃之茫然浩浩乎如馮虚御風而不知其所止飄飄乎如遺世獨立羽化而登仙於是飲酒樂甚扣舷而歌之歌曰桂櫂兮蘭槳撃空明兮泝流光渺渺兮予懷望美人兮天

蘇軾の心情を要約してみると、
1082年秋、旧暦七月十六日の夜に、
客を伴い、赤壁の下で名月に乗じ舟遊びをする。
三國の英雄 曹操や周瑜の風流を偲び、蘇軾自身がはかない流人の身であることを嘆く。
この無限の赤壁の前では、古人も我も何らかわらない、儚いものであり、万物同一であることを悟り、名月と江上(長江河畔)の清風を楽しみ憂いを忘れた。
ということである。

歴史に残る名文は名文として、蘇軾の想いを詠みとるのもいいものだが、お軸にある一文を取りだし、現代の事象を想い訳すのも楽しみ遊びである。

夜空に上がる花火が水面(みずも)に映る。それを舟から眺めるのも風流である。

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蘇軾の心情を表した「赤壁賦」。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

蘇軾の「赤壁賦」の詩の一節に「撃空明兮泝流光」というのがある。
その一節が、稽古の席に掛けてあった。
この「赤壁賦」は、後世に伝わった名文である。

赤壁は、ご存知の三国志で覇を競って大激戦をしたところ。
蘇軾は、魏の曹操や呉の周瑜の盛衰を偲び、自分の儚い身の上を嘆き、大自然の前では人間は儚いものであることを悟る。
虚心に明月と長江の清風とを楽しみ憂いを忘れた、という感慨を綴ったのが、この赤壁賦である。

この一節は、赤壁賦の中でも蘇軾の情緒心を最大限に表現した一文である。
訳すと、「空明(くうめい)を撃ちて流光に泝(さかのぼる)」となる。

今回の稽古は、この一節の、蘇軾の想いを感じるとるためには、イマジネーションを膨らますことが宗匠から求められた。
しかしながら、基礎知識があるわけではないので、過分な内容にあたふたするだけだった。

しかしながら、宗匠の誘導によって見えてきたストーリーは、
東山に月が浮かび、長江の水面の、白露のように光る月に導かれ、小舟は飛翔し天に昇っていく心地になる、という蘇軾の心情を綴った一節ということである。

お茶は、茶銚に茶葉を入れ、茶碗にとっていた冷水を、茶葉に掛からないようにゆっくり入れ、待つこと5分。それを茶碗に注ぐ。それを3煎淹れた。たなごころ、という淹れ方である。

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カワセミを眺めながら冷水で淹れる煎茶を愉しむ。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

先日の煎茶の稽古は「翡翠」がテーマだった。掛けてあったお軸は宝石の翡翠ではなく、カワセミが描かれていた。

カワセミは、色合いがとても鮮やかなのでよく写真の被写体にもなっている。川で見かけるとだいたい2羽でいる場合が多い。つまり、オシドリ同様、つがいで行動する鳥である。

煎茶席では、このような日本画的に描かれている絵のお軸は珍しい。だいたいが墨画のものが多い。2羽いるはずのカワセミが1羽しか描かれてない。それもよく観れば、なんと悲しそうな表情になっている。

文学的にカワセミといえば”愛の象徴”の意味する。それが1羽で悲哀感が表現されている。ということは、待てども来ない愛しい人を想い悩む描写ということになる。

こんな悲哀の絵を鑑賞しながら、冷水で淹れる煎茶の味がだんだんと渋く変化していく。

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「詩」と「詞」の違いに戸惑う。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

「詩」と「詞」の違いを学ぶ機会があった。といっても理解度はかなり低いかもしれないが、なんとなくこうだろう、という薄識で書くのは気が引けたが折角なので題材をあげてみた。


翡翠屏開繡幄紅,謝娥無力曉粧慵,錦帷鴛被宿香濃。

翡翠の屏風が開かれ、幔幕(まんまく)に、刺繍のあげばりの中に、花の中に、頬を赤くする。あれほど美しかった妃嬪も年を重ね、寵愛(ちょうあい)を失えば無気力になり、夜明けの化粧をしなくなり、にしきのとばりの内におしどりの掛布も能(よ)く滲みこませたお香が強くかおる。

微雨小庭春寂寞,鷰飛鶯語隔簾櫳,杏花凝恨倚東風。

春の細雨は寝殿前の中庭には春なのに寂しさと空しさが広がり、ツバメが飛び交い、鶯が春を告げているのにすだれの籠檻(かんろう/自由がない)のなかで隔離されているようなものだ。杏の花の季節には恨みを凝り固まるものであり、東の風に向かって正門に倚(よ)りかかる。

世の中はすべて春を示しているのに、いつまで待ってももう寵愛を受ける事は無い。前段はそれでもなお、寵愛を受ける準備は常にしていなければならない閨(けい/寝屋)のようすを詠い、後段は、探春の宴、行楽に対しても準備だけはしていなければいけない外部の景色様子を詠う。


上記にあるのは「詞」である。煎茶で教えていただいているのは「漢詩」という中国の古典詩。このたび、「詞」が初登場したのでこんがらがっている。文字だけを見ているとまったく変わらないのだが、前段と後段の情景などが異なるのが「詞」と理解した。書いた日や時間が違うが、ただテーマが同じようなので全体の意味としてつながって成立する。
「詩」は、起承転結があって、すべての文字の中で意味が成立するものだと理解したら、わりとすっきりしたわけである。

前回でも書いたように、煎茶稽古は「翡翠」がテーマだった。鳥の「カワセミ」、宝石の「ヒスイ」が登場し話の展開がされていった。
ともに色が特徴で"美しい"が共通の認識である。カワセミはだいたいが番(つがい)で行動するが、描かれるのは一羽が多い。美しいヒスイは"高貴"をイメージする。高貴な女性が旦那さんや恋人がいるにもかかわらず、いつも独りで寂しい想いをしている情景を「翡翠」を題材に「詞」で表現したものを今回は教えていただいた。

独りでモヤモヤとしながらまとめてみたが、なにせ想像力に乏しいおやじには、ちょいと難解であった。

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下段2枚はYAHOO画像より転載
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漢字は、意味が多重。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

「聖時風若」。お軸に書かれていた言葉である。
お軸からは”若”が読み取れなかった。漢字の崩し方で文字自体が全くわからない場合が多々ある。

先日の稽古で話の題材になった言葉。宗匠から教わったこと(正確に伝えられるかは微妙だが)は、中国の夏、殷、周の時代の帝王言行録を整理したものらしい。書経の一編の洪範(こうはん)にある政治史に出てくる言葉のようだ。

漢字というのは、奥行きが深いというか、意味が多重になっている。書いた人の想い以上に詠み手の想像でさらに深くなる場合がある。

この四文字が如何なる意味なのか、小生の頭では理解に苦しむ。
「聖」という意味は、宗匠曰く、他のいかなるものを超えた、その絶対性。万物の規範としての完全性をさす、という。
この時点で頭がぐるぐる回った。簡単に解りやすくいうなら ”宇宙がバランスとれている状態”ということになるのでは、と。
そんなときには、その時の風にしたがう。と訳すのが一番しっくりくる。
政治を司どるための教示の言葉になってくるのかもしれない。

品茶を愉しみながら聞き入ったが、なかなか頭に留まってくれなかった。

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「品茶」を楽しむ。煎茶講座。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

昨夜は、e-よこ逍遥で申し込まれたお客様を迎えての稽古だった。お点前は小生がするように、と宗匠の指示があった。

この時期だから新茶を淹れるのは想像ついたが、席についてみると小さな茶心壷が四つ置いてあった。棚の上段に一つ、中段に三つ。
もしかしたら、「品茶」かな、と。上段の茶心壷には宇治の新茶。わかった上で宇治産をまず淹れ、後の三つは産地が隠されている。最初にのんだ宇治産と同じものを飲み当てるというお遊びを体験した。

このお遊びは、お点前する者が少々緊張する。四つとも同じ条件で淹れないと味が変わる恐れがあるので当てにくくなる。小生が淹れるのだから多少は大目にみていただき、四つを淹れ終わり、全て品定めしていただいた。

当てるのは確かに難しいが、あーでもない、こーでもないと言いながら楽しい時間を過ごさせもらった。
一茶庵の場合、淹れ方や作法は、稽古での優先順位としては高くない。文人趣味の煎茶を学んでいるから、中国や日本の歴史などの話題に花が咲くことの方が多い。

次の煎茶体験は、6月6日(火)。お時間があれば、ぜひお越しください。

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煎茶講座。<e-よこ逍遥> [文化想造塾<易社/煎茶>]

「八十八夜」。昔から、この日に摘み採られたお茶を飲むと、一年間無病息災で元気に過ごせると言い伝えられている。
考えると日本にはいろんな風習や慣習がある。ただの言い伝えだけではなく、伝えられているだけの理由がある。

新茶といわれる「一番茶」は、何といっても若葉の清々しい香りが特徴である。また、新茶は「二番茶」「三番茶」に比べて苦渋いカテキンやカフェインが少なく、
うま味、甘味の成分であるアミノ酸が多い。それは、冬の間に養分を蓄え、春の芽生えとともにその栄養分をたくさん含んでいるからだといわれている。

遅霜の警戒時期が終わる頃が、ちょうど八十八夜とタイミングが合うらしい。それを二十四節気の季節点としている。
その時期に種を蒔くもの、また葉を摘み採るものがある。お茶は、八十八夜の日をさかいに温暖な地域から摘み採りが始まり、桜前線と同様に徐々に北上していく。
今年も甘みのあるまろやかな新茶を楽しみにしている。

その新茶を楽しめる催しが下記のとおり行われます。
まだまだお席がありますので、ぜひ一緒に楽しんでみませんか。
どなたでも気軽に楽しめる煎茶講座です。

■日時/  5月16日、6月6日日(共に火曜日) 午後7時〜9時
■場所/  一茶庵(大阪市中央区大手通1-1-1)
■お問い合わせ・予約/一茶庵易社事務局 渡邉まで(090-3658-7804) ipc@wa2.so-net.ne.jp
■費用/  3,500円

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