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文化想造塾<易社/煎茶> ブログトップ
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漢字は、意味が多重。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

「聖時風若」。お軸に書かれていた言葉である。
お軸からは”若”が読み取れなかった。漢字の崩し方で文字自体が全くわからない場合が多々ある。

先日の稽古で話の題材になった言葉。宗匠から教わったこと(正確に伝えられるかは微妙だが)は、中国の夏、殷、周の時代の帝王言行録を整理したものらしい。書経の一編の洪範(こうはん)にある政治史に出てくる言葉のようだ。

漢字というのは、奥行きが深いというか、意味が多重になっている。書いた人の想い以上に詠み手の想像でさらに深くなる場合がある。

この四文字が如何なる意味なのか、小生の頭では理解に苦しむ。
「聖」という意味は、宗匠曰く、他のいかなるものを超えた、その絶対性。万物の規範としての完全性をさす、という。
この時点で頭がぐるぐる回った。簡単に解りやすくいうなら ”宇宙がバランスとれている状態”ということになるのでは、と。
そんなときには、その時の風にしたがう。と訳すのが一番しっくりくる。
政治を司どるための教示の言葉になってくるのかもしれない。

品茶を愉しみながら聞き入ったが、なかなか頭に留まってくれなかった。

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「品茶」を楽しむ。煎茶講座。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

昨夜は、e-よこ逍遥で申し込まれたお客様を迎えての稽古だった。お点前は小生がするように、と宗匠の指示があった。

この時期だから新茶を淹れるのは想像ついたが、席についてみると小さな茶心壷が四つ置いてあった。棚の上段に一つ、中段に三つ。
もしかしたら、「品茶」かな、と。上段の茶心壷には宇治の新茶。わかった上で宇治産をまず淹れ、後の三つは産地が隠されている。最初にのんだ宇治産と同じものを飲み当てるというお遊びを体験した。

このお遊びは、お点前する者が少々緊張する。四つとも同じ条件で淹れないと味が変わる恐れがあるので当てにくくなる。小生が淹れるのだから多少は大目にみていただき、四つを淹れ終わり、全て品定めしていただいた。

当てるのは確かに難しいが、あーでもない、こーでもないと言いながら楽しい時間を過ごさせもらった。
一茶庵の場合、淹れ方や作法は、稽古での優先順位としては高くない。文人趣味の煎茶を学んでいるから、中国や日本の歴史などの話題に花が咲くことの方が多い。

次の煎茶体験は、6月6日(火)。お時間があれば、ぜひお越しください。

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煎茶講座。<e-よこ逍遥> [文化想造塾<易社/煎茶>]

「八十八夜」。昔から、この日に摘み採られたお茶を飲むと、一年間無病息災で元気に過ごせると言い伝えられている。
考えると日本にはいろんな風習や慣習がある。ただの言い伝えだけではなく、伝えられているだけの理由がある。

新茶といわれる「一番茶」は、何といっても若葉の清々しい香りが特徴である。また、新茶は「二番茶」「三番茶」に比べて苦渋いカテキンカフェインが少なく、
うま味、甘味の成分であるアミノ酸が多い。それは、冬の間に養分を蓄え、春の芽生えとともにその栄養分をたくさん含んでいるからだといわれている。

遅霜の警戒時期が終わる頃が、ちょうど八十八夜とタイミングが合うらしい。それを二十四節気の季節点としている。
その時期に種を蒔くもの、また葉を摘み採るものがある。お茶は、八十八夜の日をさかいに温暖な地域から摘み採りが始まり、桜前線と同様に徐々に北上していく。
今年も甘みのあるまろやかな新茶を楽しみにしている。

その新茶を楽しめる催しが下記のとおり行われます。
まだまだお席がありますので、ぜひ一緒に楽しんでみませんか。
どなたでも気軽に楽しめる煎茶講座です。

■日時/  5月16日、6月6日日(共に火曜日) 午後7時〜9時
■場所/  一茶庵(大阪市中央区大手通1-1-1)
■お問い合わせ・予約/一茶庵易社事務局 渡邉まで(090-3658-7804) ipc@wa2.so-net.ne.jp
■費用/  3,500円

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煎茶体験会を開催。気軽にご参加を。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

今年も「e-よこ逍遥」に参加させていただくことに。
私が煎茶稽古している一茶庵が、東横堀川周辺の隅っこということでイベントに加えていただいている。
今年は5月14日からちょうど1ヶ月間、この地域の活性化のため、イベント、ショップ、珍しいことやモノを楽しんでいただくための逍遥企画。

一茶庵では、この期間に2回、煎茶に興味をお持ちの方たちに煎茶体験をしていただくイベントを開催します。

日程は、5月16日と6月6日(共に火曜)
時間は、19時~21時
場所は、一茶庵(大阪市中央区大手通1-1-1)
お問い合わせは、私の方までご連絡ください。
ipc@wa2.so-net.ne.jp まで。渡邉
費用は、3,500円

どなたでも気軽に楽しめる煎茶体験です。

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春の宵は、千金に値する。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

清少納言の「枕の草子」は、四季の、それぞれの特徴を一言で表している。
それは、春なら「あけぼの」、夏は「夜」、秋は「夕暮れ」、そして冬は「早朝」というように。
中国では、北宋時代の著名な詩人である蘇軾(そしょく)は、春は「夜」としている。春の夜は、ひとときでも千金の値があると思えるほどすばらしい、という「春夜」という詩を残している。
春の夜は、楽しくもあり、寂しくもある。詩ではもの悲しい季節として、秋もさることながら春の宵は「寂寂」とした情感を醸し出す。
その代表詩がご存知の「春夜」である。

春宵一刻値千金
花有清香月有陰
歌管樓臺聲細細
鞦韆院落夜沈沈

現代訳では、
春の夜は、ひとときでも千金の値があると思えるほどすばらしい
花は清らかに香り、月はおぼろにかすんでいる
歌声や楽器の音が鳴り響いていた楼閣も、今はかすかに聞こえるばかり
ぶらんこのある中庭では、夜が静かにふけてゆく

春の夜は、管弦を聴いたり、花や月を愛でていると寂寂なる感情が湧き出てくる。それが春の宵の千金なのかもしれない。
そんな想像を巡らしながら、玉露の味を楽しんだ。

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※おぼろ月夜の写真Yahoo画像より転載
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妄想って、実に楽しい。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

今回の稽古は「玉露」。久しぶりの玉露だった。出席者全員がそれぞれ3煎づつ淹れた。それぞれに味が明確に異なる。1煎目はまろやかで甘さを感じる。2煎目はまろやかさの中に渋みが感じられ美味しくなっていく。これが玉露の醍醐味である。

今回の稽古は、実に盛り上がりをみせた。理由は、写真のお軸の画から想像が膨らみすぎ、妄想へと広がり独自の解釈が生まれた。それにたどりつくまで笑いが止まらない。そのきっかけをつくったのが、稽古仲間の"うなぎ博士"といわれているおじさん

いつものとおり、この画を観て、季節はいつごろ? 画に登場している人物はなにをしている? などと想像を膨らませていくわけだが、画を描く約束事を知らない者には想像すらできない。だから妄想へと走る。

宗匠が、我々の妄想を軌道修正しながら画の解釈を進める。解釈を進める中、おじさんたちは、まず "艶っぽいストリー?" という切り口から始まる。
それはさておき、季節を感じ取るものがなんであるかを見定める必要がある。この画からは、中央に描かれている「柳」が、そうである。柳の伸び具合と青々した柳に感じられるかがポイント。そして中国の古典からいうと柳は惜別を意味している。そのことを知って押さえていれば、登場人物がなにをしているのかが見えてくるはずなんだが、我々にはほど遠い。川があり橋がかかっているから老人が釣り楽しもうとしているイメージの画に見えるのである。

むかし若かりしころ、この橋を渡った向こう岸で、好きだった女性と別たときのことを思い起こし、その人はいまどうしているのだろう、というのがこの画の正当な解釈になる。
我々おじさんたちは、むかし話ではなく、いま老らくの恋を楽しんでいる姿だと切り返してみた。なら、そこで宗匠は、そうであるならば、「好詩向過橋」ではなく、いまの老らくの恋に変えていく賛を考えてみなさい、と。

そこで、"うなぎ博士" のおじさんが、見事な賛を生み出した。
「雨過青天到春風」とした。お見事!!
やはり艶っぽい話にしてしまった。

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鶏は「平和の象徴」であり「神の使い」。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

古代中国では「ニワトリ」は平和をイメージする鳥であった。それは中国古文にも書かれいる。「ニワトリ」は家畜として人々の暮らしに貢献したことから太平の世の象徴になったとされている。

それと結びつくかどうかは解らないないが、日本にも伝説がある。
伊勢神宮に行くと「ニワトリ」が放し飼いされている。それは古来からニワトリは「神鶏」といわれ、神の使いとされていたようである。伝説で登場する鶏は「長鳴鶏(ながなきとり)」。その長鳴鶏が、暗くなった世界に、再び光を甦らせることに貢献したことから「神の鳥」といわれるようになった。(詳しい理由はまた機会があるときに)。

今年の干支は「酉」。方角は西。時刻は午後五時から七時の間。意味として「実る」「成る」「成熟」ということのようである。
「神の鳥」「平和の象徴」である鶏(酉)の年に因んで良いことを期待してもバチはあたるまい。

煎茶稽古で掛けられていたお軸からの学びである。それにあわせてか、煎茶の味が「まろやか」に感じられた。

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煎茶を楽しみながら「五行思想」を学ぶ。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

煎茶を学んでいると「東洋思想」という難解な自然界の摂理のような事象に出くわす。
煎茶をより深く楽しむために古代中国の思想を少し理解しておく方が、五感に響く度合いが違うような気がしている。

この「東洋思想」は難解極まりない学問のように感じるが、実は日常に即したものであるのは言うまでもない。たとえば「暦」「季節」「時間」「方角」「色」「体の臓器」などいろんなことにあてははめられている。
古代中国では、自然界のあらゆるものを「陰」と「陽」にわけていた。その陰陽思想は、五行思想につながっていった。五行思想は、自然界が「木」「火」「土」「金」「水」の5つの要素で成り立っているというものである。この5つの要素が循環することによって万物が生成され、自然界が構成されていると考えられたわけである。

われわれの身近なこととして「十干十二支」などもそのひとつ。十二支は生まれ月をあらわしている。古代中国では天空の方角を12に分け、それぞれの方角を記号として動物の名を付けたといわれている。この十二支と十干を組み合わせると60種の組み合わせが成り立つ。それが年にあてはめると60年になる。60年経つと生まれた年の干支に戻ることから、「還暦」といわれるわけである。赤子にもどることから赤いチャンチャンコを着る慣習につながっている。

日常の身のまわりには五行思想が古代からしっかり根をおろしている。日頃の所作、作法、動作などにも見事に反映されている。それは、難しいことではなく自然で単純で合理的な動きや考え方につながっているような気がする。

年の初めに煎茶を楽しみながら「五行思想」を学ぶ。心も体も引き締まる思いである。

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紅葉の「落ち葉焚き」となれば、白楽天。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

12月13日は「事始め」。正月を迎える準備を始めるためにむかしからこの日が定められている。その13日に稽古をさせていただき、今年の締めくくりと、新しい年に向けて一意専心の想いで稽古するように、という気が込められていた。

その日のテーマは「白楽天」だった。この名を聞けば、煎茶を稽古させていただいている者には、中国 唐代の代表的詩人の「白楽天」を思い浮かべるはずだが、俗人を長いことしているせいか、中華料理店名が頭をよぎった。これでは来年もまた・・・。(笑い)

白楽天は、あざなである。実名は「白居易(はくきょい)」。中国の李白、杜甫とならび三大詩人として名を馳せ、我々の中高時代の国語の教科書にも登場した人物である。しかし、恥ずかしながら当時学んだ事は残骸の欠片もない。それを半世紀経ったいま、教えていただくことは愉悦至極である。

その日のお軸は、前回の稽古と同じものが掛かっていた。前回のものと切り口が違った。見ての通り「落ち葉焚き」の画である。賛もない。モミジの落ち葉を燃やしている、ただただシンプルな画である。
さて、この吹寄せの画を観て"どこで焚き火を?" "だれが?" という宗匠から問いに、われわれは想像を巡らす。"野原" "お寺の庭" などと答えていくが、場所や誰が、という特定はする必要もない、ということになった。では、どんな答えを宗匠は求めたのか。それは、「ここ(稽古場)」であり、「われわれ」が焚き火をしている、という設定に。つまり「同時同場」という煎茶ならではの仕立てである。

さらに、この画の吹寄せの焚き火で湯を沸かすのもいいだろう、酒を燗するのもいいだろう。空想を広げていくと、楽しくなっていく。子ども頃の情景も浮かんでくる。
さて、ここまできても結論が見えてこない。それは古文の知識が備わっていないことにある。この画を観て「白楽天」と読み取ることができるようになるのはいつのことだろう。

では、白楽天の有名な詩を振り返ることになった。下記の詩を解説していただくと、白楽天が故郷の友人に送った詩である。かつて故郷で友人と一緒に遊んだことを懐かしみ、また一方、白楽天は故郷に帰れないことを嘆くとともに、故郷へ帰れる友人を羨み、そして慰めている内容のものである。

 曾於太白峰前住  
 數到仙遊寺裏來  
 黑水澄時潭底出  
 白雲破處洞門開  
 林間暖酒燒紅葉  
 石上題詩掃綠苔  
 惆悵舊遊無複到  
 菊花時節羨君回  

かつて太白峰前に住み、しばしば仙遊寺を訪れた、黒水が澄めば淵の底が見え、白雲が途切れれば洞門が開いた。
林間酒を温めるために紅葉を焼き、石上詩を題せんとして苔を削り取る、悲しいのはもう二度とこのような遊びができないことだ、というのもこの菊花の季節に君は故郷へ帰るのだから

この詩の中にある「林間暖酒燒紅葉、石上題詩掃綠苔」という句がある。これが白楽天の有名な「対句」として知られている句である。つまり、紅葉の落ち葉焚きの画をみれば、「白楽天」につながっていくのである。

煎茶は前回と同じように上投法と煮茶法、そして同時同場と考え、最後に急須にお酒を入れ燗をし喉を潤し事始めの稽古を終えた。

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相対する対象物があれば、想像がさらに膨らむ。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

先日の稽古は、相対する異なった2つの古詩を詠んだ。一つは杜甫の「復陰」。そしてもう一つは陸游の「十一月四日風雨大作」。
復陰は、杜甫の壮絶で陰惨な人生の結末を描いた詩である。歯は抜け耳は聞こえなくなって終焉を迎えている。
一方、陸游の風雨大作は、外は風雨で見舞われ街も暗いなっているが、室内で火を焚き温かい絨毯がある暮らしをしている。
唐と宗の異なる時代ではあるが、比較対象になる古詩として稽古に使われた。

詩を紐解きながら、お茶も2つの淹れ方で稽古した。一つは「上投法(じょうとうほう)」。もう一つは「煮茶法(しょちゃほう)」。上投法は湯気が立ち上がり湯が魚眼になるまで沸かし、沸いている湯に茶葉を投下。一気に茶葉が湯の中で開く。少々濃くなる。そして渋さが口の中に残る。
一方、煮茶法は、茶を湯気が微かに立つくらいまで煮る淹れ方である。これは甘みがあり、まろやかな味になる。

詩も煎茶も2つの相対するものを味わった。
寒々しい中、お軸に描かれている落ち葉焚きで暖をとりながら茶を沸かし淹れる。そんな想像を膨らませながらの一夕だった。

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