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文化想造塾【逸品殿堂】 ブログトップ
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五重塔は仏教思想のすべて。 [文化想造塾【逸品殿堂】]

最近、寺院を訪れることが増えた。もともと関心がある方なんだが、それが顕著になっているような気がする。
その理由の一つが、仁王門で睨みをきかす金剛力士像の勇姿に観ること、それに加え多重塔の不思議な世界観に関心をもったことが大きい。

多重塔に関してはとくに関心が深くなっている。寺院にある多重塔のほとんどが、五重塔や三重塔である。とくに奈良の法隆寺五重塔は日本最古の塔と言われ有名である。そして京都 東寺の五重塔は法隆寺同様に国宝の塔として興味深い。

とくに五重塔は、多宝塔とはちがう宗教観のある建物と考えられているようだ。石造仏塔と同じように、下から「地」(基礎)、「水」(塔身)、「火」(笠)、「風」(請花)、「空」(宝珠)からなっている。
それぞれ五つの世界、つまり五大思想を示し、仏教的な宇宙観を表しているといわれている。

塔の全体が、仏教思想を表現している建物になるのだろう。あの器に思想の全てが網羅されているといっても過言ではないだろう。
形状や内部構造、そして納められている全てのもの一つ一つが思想的役割を果たしていると言えるのだろう。

たとえば、京都 東寺の五重塔は、各層を貫いている心柱(しんばしら)は、大日如来として、その周りを四尊の如来、八尊の菩薩が囲んでいる。さらに、四方の柱に金剛界曼荼羅が描かれている。
塔として、心柱はすべてにおいて中心的役割を果たす、塔の心臓脊髄部となるのである。

心柱は、地下に埋めこみ上に伸びているもの。地上の基礎部にただ置いてあるのもあり、また上層部からつり下げ地上には接してない心柱も多い。その違いには諸説あるようだ。

塔の中身を観る機会はほとんどないが、今月の28日から東寺の五重塔は初層部のみ開塔されるようである。

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絹谷幸二の「京都」。 [文化想造塾【逸品殿堂】]

いま、京都国立近代美術館で絹谷幸二氏の「色彩とイメージの旅」と題した展覧会が開催されている。

その展覧会を先日、観に行ってきた。とくにオープン前から是非鑑賞したい絵がいくつかあった。
それは、今回の展覧会に出品するために描かれた絵画十数点。絹谷氏は、自作絵画に前に立ち、参加者に「このスペースにある絵画は1年8ヶ月前にこの展覧会が決まってから描きあげたもの」と説明されていた。

このスペースにある絵画のテーマが「京都」。展覧会場が京都だから、という。とくに、京都の名所7箇所を龍をモチーフに描いている。龍は鴨川の「水」をイメージ、天に昇る龍姿を表現されている。

7枚の右から「光輝龍王二条城」、続いて「満月清水寺龍神飛翔」「飛龍天空大文字」「滝登る鯉転依龍神」「樹上双龍伏見稲荷」「迎臨飛龍金閣寺」「朝陽龍神下山上賀茂神社」という題目がついていた。
みると「日 月 火 水 木 金 土」までの一週間を表している。絵画の下方には、京都のそれぞれの名所が描き込まれている。

その表現方法は想像を絶する、絹谷氏ならではの絵画手法かと思われる。
この7枚の絵画の前に、遠目に、また近目に眺めていると、一見京都から離れていくが、一周して京都に舞い戻ってくる不思議な力を授かる大作だった。

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三木の五大金物、国の伝統工芸品に指定。 [文化想造塾【逸品殿堂】]

兵庫県三木市と言えば、”播州の打刃物(主に大工道具類)の金物”の町としてが知られている。
とくに三木の五大金物として、鉋(かんな)、鑿(のみ)、鋸(のこぎり)、鏝(こて)、小刀(こがたな)は国の伝統工芸品に指定されている。

国内で古式鍛錬打刃物をつくる鍛冶職人さんは極めて少ないといわれている。そんな中でも「伝統工芸士」と言われ方々は貴重な存在である。

先日、三木市の道の駅の二階に常設展示されている打刃物金物を見せてもらった。
鉋コーナーでは、伝統工芸士の今井重信さんの鍛錬された極めつけの逸品があった。
寸八の鉋が、21万円代の値がついていた。

いまの大工さんの仕事現場は詳しくないが、現場で鉋削りをして姿を見たことがない。柱用の角材は、事前に決まった寸法に削られた角材を持ち込みはめ込むだけのようである。
職人仕事では、鉋や鑿は無用の長物になっている。

いまの職人さんにしても、仕事はスピーディに簡単にが求められている。致し方ないが、職人の技や感などの技能は活かされない。

1ミリ、1秒、1gを活かす技は、機械やコンピュータにも負けないはずである。そんな匠の技が必要とされる時代がまた来ると、道具を見ながら思った次第である。

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鉄斎の壮大なスケールが見えてくる。 [文化想造塾【逸品殿堂】]

生誕180年「富岡鉄斎〜近代への架け橋〜展」を観に行ってきた。
画や書の力強さはさることながら、鉄斎の「万巻の書を読み、万里の路を往く」を実践した生き方に魅かれる。その生き方が鉄斎の画をよりダイナミックにさせたのではないだろうか。
人生雑踏でも大きな指標があればその成果は計り知れないと教えてくれている。
そんな想いで抱き観ると光明がさしてくる。

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ストーンズ、世界を席巻。 [文化想造塾【逸品殿堂】]

42年前に「ローリングストーンズ」のコンサートを観に行った記憶がある。
その頃から世界のロック界に君臨していた。あれから半世紀経った今日でも、ストーンズは名実共に世界の音楽界を牽引している。

先日、米国がキューバと国交を樹立したニュースが世界を駆け巡った。そして米国オバマ大統領のキューバ訪問が実現した。その3日後に、ストーンズがキューバの首都ハバナでコンサートを無料で開催するというのを発表した。このスピーディーな仕掛けには、世界の音楽ファンだけではなく世界各国が驚いた。
たまたまストーンズは南米ツアーの真っ最中で、3月17日のメキシコシティーが最終公演。そのタイミングをはかったかのごとく1週間後にキューバへ。その陰には、ストーンズマネージメント軍団の見事な仕掛けが葉巻に火をつけた、と想像できる。
「入場無料」という膨大なリスクを背負ってのコンサートを実現させた。
3月25日、会場は野外。そして無料という大特典にキューバや南米からもロックファンが集結した。推計で50万人が集まったと言われる。大熱狂の中、15曲にアンコール2曲を加えた大熱演を世界各国のメディアが伝えた。
日本では言われる大新聞もTVも、もちろんネットニュースもいままでにないボリュームで伝えていた。
世界のメディアがこぞって記事にし世界を席巻した。いくらストーンズでも考えられない話題を振りまいた。50年以上も第一線で活躍するグループはやることもデカイ。

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滋賀県湖北地方の世を見守り続ける観音様。 [文化想造塾【逸品殿堂】]

先日、彦根に行く機会があり、用事は午前中で終わったので、前から行ってみたいと思っていた向源寺にある「国宝十一面観世音菩薩像」の他、いくつかの仏像を見て回った。

全国で、国宝の十一面観音菩薩は7像ある。その一つが、滋賀県高月町にある菩薩像である。資料によると、十一面観世音菩薩は、頭上に十または十一の小面をもち、十一の観音の働きを一身に具現したものである、と記してある。向源寺にある十一面観音像は、頭の上にある菩薩相と後ろに暴悪大笑相なるお顔が掘られてあるのが特徴で、密教像特有のインドの仏像の感じを伝えていると言われている。(前回のコメントに添付した写真を見てください。)

向源寺に後に、車で15程度走ったところに「石道寺(しゃくどうじ)」というお寺がある。ここに安置されている十一面観世音菩薩は三体あり、その中央にあるのが重要文化財のケヤキ一木造りの観音様。唇に鮮やかに紅をほどこされた可憐な姿が目を惹く。うっとりとしてしまうほどの造形美である。

そして、どうしても行って見たいところがあった。「己高閣(ここうかく)・世代閣(よしろかく)」である。己高山の麓にある国庫の補助を受けて建設された文化財収蔵庫に納められている「本尊十一面観世音菩薩」や「七仏薬師如来」に加え「十二神将」の仏像などが安置されている。

この収蔵庫に安置されている仏像の幾つかを、比良山麓にある勢山社の大仏師、渡邊勢山師が修理を担当されている。その工房で解説をしていただいたことがある。修理を終えて、安住の地で移り変わる時代を見届ける姿を一度見たくて訪ねた。

この度、訪ねたお寺や収蔵庫に安置されている、国宝、重要文化財の仏像を御守りされているのが、地元のおじちゃんやおばちゃんたち。お堂に足を踏み入れると、御守りの方が案内テープをかけてくれる。愛想よく一生懸命に解説をしてくれる。「わたしらは、交代で御守りしているが、分かることならなんなりと説明もしますよ」と。

集落全体で観音像の御守りを続けている。いままでずっとこの地域を、この地域の人々を守り続けてきた観音様。これからの未来千年も、ずっと。
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肉弾戦車は自分をよく知っている。だから、自分を信じられる。 [文化想造塾【逸品殿堂】]

河口正史。彼に会って久しぶり心が高ぶった。
この名前、聞いたことがある。知っている。という人がいたら、かなりのアメフトマニアだろう。

1994年、立命館大学(パンサーズ)を、天才QBと呼ばれた東野稔らと共に初の甲子園ボウル優勝に貢献。そういえば、なんとなく覚えている、という人もいるかも知れない。
大学卒業後、NFLヨーロッパへ参戦。アムステルダム・アドミラルズのラインバッカーとしてプレー、3年目には「オールNFLヨーロッパ」に選出される。このときに、スポーツ紙は大きく取り上げた。

アメフトの聖地、アメリカでプレーすることを目標に、その途上としてヨーロッパを転戦した。そして、2002年、2003年、NFLのサンフランシスコ・フォーティナイナーズのキャンプに招集された。
このとき、日本のスポーツ紙は一斉に日本初の本場NFLの選手になれるか!と報じた。しかしながら、開幕ロースターには残れなかった。2002年8月4日に大阪ドームで開催されたプレシーズンマッチNFL OSAKA 2002(サンフランシスコ・フォーティナイナーズ対ワシントン・レッドスキンズ戦)で、スペシャルチームのメンバーとして数プレーに出場。日本人で初めてNFLプレシーズンマッチに出場した選手となった。

2003年秋以降はXリーグ西地区のアサヒ飲料チャレンジャーズに所属。2007年シーズンは主将を務めた。2008年シーズンはポジションをセイフティに変更。社会人リーグ西地区優勝に貢献。2008年シーズンを最後に現役引退。

引退して、関西の大学のヘッドコーチに就いた。そのとき、アメフトは戦術のスポーツということに改めて気づいた。選手をどう動かすかはコーチが決める。楽しくておもしろいスポーツだ、とコーチの立場になって初めて見えてくるものが山ほどあった、という。

昨日、その河口氏に会った。今回で2回目であるが、1時間ほど熱く語ってくれた。
熱く語る中で、彼の生き方が見えてくる。「変人」。「自閉症」。この言葉がよく出てくる。いい意味で自分がそうだから、という。海外で一流といわれるスポーツ選手の中で闘ってきた体験がそういわせるのだろう。

負けたくない。自分を信じる。楽しい。考え込む。練習する。などなどの言葉が、カラダに染み付いているように見えてくる。ぶっとい腕、ぶ厚い胸部。盛り上がる肩肉。これでも、現役のときに比べたら、半分くらい落ちた、と言った瞬間、ほんのちょっと寂しそうな顔をした。別れ際に、彼はこうも言った。昔のことは、もう覚えていない。とにかくいまやっていることがめちゃ楽しくて仕方ない、と。

筋肉と一緒で、使い果たすとまた再生する。そのときに新しいより弾力性にとんだ筋肉が生まれてくる。そうするためには努力は惜しまない。とにかく内に向く。内に向いて積み込んだ爆弾を外に発射する。そして自分を信じて前に進む。
そんな人間戦車と、8月に公で対談することになっている。楽しみである。
だか
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手づくり靴屋さんのユニークなおじさん。 [文化想造塾【逸品殿堂】]

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昨日、用事があり大阪に出かけた。用事の前に「老松骨董祭り」に行きたく足を伸ばした。土曜というのに、人出が少ない。主な店舗は見て回ったが、いつ見ても骨董の品定めはちんぷんかんぷん。

老松町を後に、梅田まで歩く途中、ユニークなお店を発見。二坪くらいの小さな靴屋さん。ウインドには、私の好きそうな靴が並んでいた。お店自体がアンティークな雰囲気を醸し出していた。中からユニークな人が顔出したきた。丸メガネに、赤いセーターを着たレトロなおじさん。

どこかで見たことのあるおじさんだと思ってしばらく頭を回転。そうそう、以前、雑誌の「職人」特集で紹介されていたおじさんだ、と。たままた、手づくりカバンの友だちと並んで大きく紹介されていたので覚えていた。

いつものように、写メ撮っても良いですか、というご挨拶から始まった。おじさんも、私を見て、変なおっさんが来たな~、っていう顔をしながらも、笑顔でどうぞどうぞ、といってくれたので、店内へ。

立ち話と思っていたが、半時間以上も座り込んで喋っていた。おじさんが、よく喋る人だったので、手づくり靴の話が聞けた。そして靴を履かせてもらった。足見るなり "あなたの足は25.5かな"。といいながらいま作っている靴を取り出した。

履いた瞬間、ちょっと窮屈かな、と思ったが歩くと、いつも履いている靴とのフィット感が違う。驚く。これは、確かに違う、と思った。
この祭、聞きたいことをズバっと、大阪人らしく聞くことに。
「いくらですか?」
「15万円」
一瞬動揺したが、飲み込んで、声にはならなかったが"うんうん"と、首を振った。

なんとなく親近感を覚えるおじさんだった。たまたま、私も赤のジーンズをはいて同じような丸いメガネをつけていた。異質者同士に通じ合うものをお互いが感じたのだろうか、盛り上がった。

紳士諸兄、手づくり靴に興味がおありなら、ぜひ、訪ねてみてください。
大阪市北区曽根崎2-10-29
福島陽三さん。
一人しかおられません。
http://www.kobayashi1921.com/
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「ODAモデル」が、さらに進化する。東大阪のゴルフパターづくり名人。文化想造塾【逸品殿堂」シリーズⅤ [文化想造塾【逸品殿堂】]

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今回の【逸品殿堂】に登場するのは、東大阪の町工場で造られているゴルフクラブの「パター」。

ゴルファーの多くはドライバーやアイアンにこだわっても、意外にもパターには無頓着だ。しかし、プレー後は"あの3パットがなければ"、"あの10㎝が入っていれば"というのをよく耳にする。
グリーン上でのパッティング勝負にはパターの良し悪しが結果を左右することもしばしば。

そこで、20年くらい前から、世界一のパターづくりを目指している職人さんが東大阪いる、ということで訪ねた。その人が小田武彦さん(68歳)。東大阪の町工場、布施製作所の社長さんである。小田さんは精密機械メーカーのサラリーマン生活を送ったあと、43年に独立創業。金型や冶具設計製作などを手がけている。

その小田さんとゴルフの出会いは、20数年前にゴルフメーカーから、パターを造ってもらえないか、というのがきっかけである。メーカーが求めたものは、通常の金型に鉄を流し込んで造るものではなく、新しい製造方法はないかということで、小田さんに白羽の矢がたった。

通常のものは、フェースの部分とネックは溶接で接合している。そこで、小田さんが息子さんたちを巻き込んで考えたのが、ネック部分までのサイズの軟鉄の一塊を機械で削り出す一体成型のモノである。だから曲げ加工は一切していない、という削り出しパターを造った。

それが評判を呼び、多くのゴルフメーカーからパター製作の依頼が増えていった。その削り出したパターに名前がついた。「ODAモデル」と。それがプロやトップアマチュアの選手たちに評判を呼ぶことに。そのお陰で、多くのアスリートと出会った。自宅の壁には所狭しと有名人との写真が飾られている。
ジャンボ尾崎プロ、王貞治さん、有名なプロゴルファー、元プロ野球選手や関取などなど多種多彩な人たちと「ODAモデル」を通して交友関係が広がっていった。

最近、開発したのがこれだ、という自信の逸品を見せてくれた。それは、いままで見たことのないパターであった。ヘッドからシャフトが真っ直ぐ伸びている。シャフトを持って上から見ると、ヘッドの上から下までが丸見えになっている。「見やすい」。この一言につきる。見えることによってパッティング時にバランスが取りやすい。いまこれを試している段階だという。

プロの人たちが、この東大阪の町工場に顔を出す。小田さんが言うには、パットの調子が悪くなるとよく来るみたい。自宅の3階がパターを試すパッティング練習場になっている。道具もさることながら、小田さんとのゴルフ談義を復調のきっかけにしよう、という狙いもあるとか。

小田さんは、常に挑戦の人である。そんな印象をうけた。できない、ということを言わない人である。いままでの経験と、新しさを考えて前に進んでいく。オンリーワンを目指してチャレンジがつづく。それも世界へ!

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写真 向かって右から42,000円 36,000円 一つ置いて100,000~120,000円(フェースなど24K) 28,000円 左端が「TAKEHIKO ODAコレクション」

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左端が、最新のモデル(逸品)

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堺ブランドを高める「堺打刃物」の職人魂。文化想造塾【逸品殿堂】シリーズⅣ [文化想造塾【逸品殿堂】]

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そのむかし、大阪の堺は、日本でも有数の港町として栄えた。海からの荷物が上がる拠点が堺だった。そして大坂(大阪)へ、京へと運ばれて行った。堺の港から大坂(大阪)の道修町や北浜までの街道が、いまの大阪の南北を走る幹線道路、堺筋である。堺筋は堺から大坂(大阪)までの主要街道だった。

当時貿易港として栄えた堺にはモノが集まっていたことから「モノの始まりは堺から」とよく言われていたようだ。その名残でいまも堺には数々の伝統産業が息づいている。その代表的なのが「包丁」である。

「堺刃物(包丁)」はブランドとして知名度がある。包丁、といえば堺、という認識は高いようである。堺打刃物の起源は古く、堺にある世界最大の前方後円墳で有名な仁徳御陵築造の頃にさかのぼる。当時、この大規模な工事のために必要な土木器具のクワや鋤が大量に必要になりそれらを生産するために全国から鍛冶職人が集まり集落をつくり住みついた。その後、ポルトガルからタバコが伝来し人々の間で広まりそれに伴いタバコの葉をきざむ包丁の需要が高まり、鍛冶職人達がその製造に着手し、その製品の優秀さが当時の江戸幕府に認められこれを幕府専売品として堺極と刻印し全国に広まっていった。

パンフレットには「打刃物」とか、「刃付け」という風に表記されている。「包丁」という表現があまり使われてない。門外漢にとってはよくわからない。尋ねてみると、堺の包丁は「分業制」になっている、という。鉄と鋼を叩く鍛冶屋作業を「打刃物」という。刃付けというのは「研ぐ」作業のことをいう。そして柄付けや販売をする「問屋」というのに分かれている。

この3つの作業の製作がすべて堺で行われているものを”堺ブランド”という。しかし、いま一般では「堺包丁」として売られているほとんどは純粋の”堺ブランド”ではない。まして一本一本丹精こめて叩いて研いで造られている包丁も少なくなっている。

今回、訪れたところは「榎並製作所」という打刃物専用の鍛冶屋さんで。現在は榎並正さん(49歳/写真)が一人でコツコツと造りあげている。正さんで4代目になる。先代の父親の姿をみて、小学生のときから鍛冶屋になる、と決めていたという。大学を卒業しそのまま父親に弟子入りし、それから27年が経つ。

榎並さんが造ったモノはすべて東京で売られている。釜でコークスが燃え盛る中に細長い鉄を入れて700度くらいまで焼く。真っ赤になった細長い鉄棒の先に鋼を重ねて再び釜の中へ。その鋼が刃の部分である。鉄と鋼の燃える色合いをみる。叩く(打接)のにベストの温度が1100度くらい。

釜から取り出すタイミングは感覚というか、長年の経験によってはかる。その温度が1100度くらいらしい。この温度を間違えるといい包丁はできない、という。取り出してすばやく自動の叩く機械にはさむ。速度や間隔は足で踏むペダルで調整する。見る見るうちに長く伸びていく。そして叩くことによって鉄と鋼の間の不純物が取り除かれ、くっついていく。この一瞬の作業がものの見事に進むのは、長い経験の賜物だろう。

今では、子供たちの授業の一環として見学に訪れたり、実際に包丁を作ったりもする。「堺市にはこんな伝統産業があるんだ」ということだけを学ぶのではなくて、モノづくりの大変さを学んでほしい、と榎並さんはいう。それが、モノを大切にする気持ちへとつながっていくはずだ、と力説する。

効率、コスト、合理性、便利、簡単、というコンセプトで造られるものからには、モノを大切にする心は育めない。これから必要なものは”職人魂”のような気がしてならない。

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榎並さん製作(特別)の刺身包丁(写真と同じものは住吉大社に奉納) 200,000円

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一般の文化刃(六尺片刃/販売) 12,000円

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