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人の心を魅了する「色気」。 [文化遺産]

「色気」。世間では俗っぽい言葉であるが、仏像の中でも、とくに如来像や菩薩像、天部像の一部には、その色気を感じさせるものがいくつかある。
それらの表情には絶世の優美さが感じられる。穏やかな、慈悲深い表情は人の心を魅了する。私の中では、それも含め「色気」と称している。

顔の表情と同様に、仏像で目に留まるのが肩から背にかけて流れるライン。
最高の彫刻技術で造られ、そして歴史を跨いできた仏像には、その「色気」が色濃くでているような気がする。

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上から、十一面観音立像・阿修羅像・弥勒菩薩像
写真は、YAHOO仏像画像から転載
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ミシンのレジェンドが勢ぞろい。 [文化遺産]

職場にはこんな年代物のミシンがたくさんある。年代物といってもバリバリの現役である。

いまの時代、家にミシンがあるというところが少なくなっている。それだけミシンの必要性を感じてないのだろう。繕いしたり、服を作ることがないということになる。

私が子供のころに全盛だった形のものがいまも役にたっている。いや、これでないと機能しないという代物ばかりだ。
工業用として、動力はもちろん足こぎミシンが並んでいる。

ミシンとしては有名である、ブラザー、シンガーなどに加え、トヨタ、三菱、シルバーなどミシンのレジェンドたちが勢ぞろいしている。
こんな様式や形を眺めていると愛おしくなる。

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建仁寺方丈障壁画が、7年ぶりに襖絵として復帰。 [文化遺産]

「建仁寺方丈障壁画」は、安土桃山時代から江戸時代にかけて活躍した海北友松が描いた作品というのはよく知られている。「竹林七賢図」「琴棋書画図」「雲龍図」「山水図」「花鳥図」から構成されている。
昭和初期の大型台風で方丈は倒壊したが、オリジナルの襖絵は外されていたため難を逃れた。それ以後、貴重な文化財を消失させてはならないという理由で、襖から掛軸に形を変えた上で、現在は京都国立博物館に保管されている。(現在、京都国立博物館で山水図の特別展覧会開催中)

現在、建仁寺にある「方丈障壁画」は、京都文化協会とキヤノン株式会社が共同で推進する「綴プロジェクト」によって全50面の高精細複製品を制作し、建仁寺に寄贈されたもの。2014年が、建仁寺の開祖である栄西禅師の没後800年を迎えることから、約70年ぶりに方丈へ元の襖の姿で戻して、一般公開されている。
※記事内容は建仁寺HPを参照

前回紹介した「双龍図」同様、禅宗の大本山 建仁寺ならではの荘厳さを肌で感じた。

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鳥居を見上げると。 [文化遺産]

神社仏閣を訪ね歩くのは好きな方である。
若い頃から寺院に興味をもち、暇を見つけては京都の寺巡りを楽しんでいた記憶がある。
いまもその趣きは変わりない。京都に出かけた折は立ち寄ることが多い。

歳とともに寺院はもちろんだが、神社を訪ねることが多くなったような気がする。環境にもよるが寺院より神社の静寂感が気に入っている。とくに神社の鳥居をくぐり境内の神域とされる場所が妙に心地よいのである。

その鳥居は、神域と人間の住む俗界を区画するものであり神域への入口となるもの。種類もかなりあるようだ。伊勢神宮や靖国神社などは「神明鳥居」といわれ直線的で素朴なもの。地面に対して柱が垂直立てられているのが特徴である。
それに対して、下鴨神社や橿原神宮などは笠木の下に島木があり反りが加えられている。柱は地面に対して少し傾斜をつけて立てられている。その他にも鹿島鳥居、春日鳥居、八幡鳥居などがあるようだ。

上を見上げて鳥居をくぐることはないから形の違いに気がつかないが、遠くから見てその違いを楽しむのも乙なものかもしれない。

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橋本忍なしでは黒澤明の存在はなかった!? [文化遺産]

日本を代表する脚本家「橋本忍」。
黒澤明監督作品「生きる」「七人の侍」「羅生門」など数々の黒澤明監督作品をはじめ、野村芳太郎監督作品「砂の器」、森谷司郎監督作品「八甲田山」など、昭和の映画史に刻まれている作品のシナリオを書いた人である。

昨日、用事で兵庫県神崎郡市川町を訪れ、帰り途中に用足しに立ち寄った「市川町文化センター」。ここで目に入ったのが「橋本忍記念館」。なんで橋本忍の資料などがここに、と思いながら見ると、ここ市川町が橋本忍さんの郷里だった。
ここ文化センター内に橋本忍作品の台本や構成本などが展示してあった。ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞の「七人の侍」の盾や台本、「風林火山」や「羅生門」の台本などなど興味のそそるものばかり。手にとって覗き込んでみたいと思うほど貴重なものだった。

その中で、興味を惹いた展示パネルに橋本忍の「シナリオ作法」というのがあった。その一部を抜粋し紹介する。
「橋本忍は素材選びに最も時間をかける。ツボにはまった素材を得、そして構成へと進む。その瞬間こそが橋本忍の技がさえるときである。(中略) 橋本忍はシナリオを書くにあたっては1/3システムを採用している。1/3書き進むごとに構成をふりかえり、生じた誤差や欠点をただしていくこのシステムにより、緻密さと重厚さが増し、シナリオの完成度が高まっていく。」
脚本家は、監督や出演者の陰に隠れてしまっているが、実は監督以上の役割があると言われている。作品の生みの親のような存在である。黒澤明とっては橋本忍は欠かせない右手であったり左手でもあった。大げさにいうなら、橋本忍なしでは黒澤明は存在しなかった、といっても過言ではないだろう。

100歳を前なお元気なことと思うが、日本の映画史を支えた大きな大きな宝物である。
小生の好きな「生きる」をまた観たくなった。

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