So-net無料ブログ作成
検索選択

蓮は、美しい。 [雑感]

今日は、兵庫県加古川市に行った。
移動中、車中から眺めていると、蓮畑が目に飛び込んできた。車を路肩に止め降りてみると、今までに見たこもない蓮畑の広さに驚いた。

蓮は、若草色の葉っぱの間から顔を出す淡いピンクの花とのコントラストが実に美しい。そして花の開いた姿は妖艶さを醸し出す。

茎の下や根は泥の中に埋まっている。前にも書いたが、泥水を吸い上げながら、花は可憐で美しい。このアンバランスが絶妙に不思議さを助長させる。

仏教では慈悲の象徴とされ、死後の極楽浄土に咲く花とされている。そのためか、如来座像の台座に蓮の花が彫られている。

蓮を眺めているとなぜか穏やかな気持ちになる。不思議である。

蓮1.jpg

蓮2.jpg

蓮4.jpg

蓮5.jpg

蓮6.jpg

蓮3.jpg

蓮6.jpg

蓮7.jpg

蓮9.JPG

蓮8.JPG

酒造好適米「山田錦」は兵庫県の特産。 [地域発展]

兵庫県は、他府県と比較して特産品が多いようである。それは、海があり、街があり、山々があり、そして県地域が広範囲であるという土地柄のせいかもしれない。

特産品の一つに”山田錦”というブランドの米がある。日本酒の好きな方なら聞いたことのある銘柄だろう。
稲の一品種である。日本酒醸造の、中でも大吟醸などの高級日本酒の原料になる酒造好適米として有名。大粒な米で脂肪たんぱく質の含有量が少ないのが特徴である。

昭和11年(1936)に命名され、三木市などを中心に生産されている。
田んぼには、わざわざ他の田んぼとの区別をし”山田錦生産する田んぼ”という旗や看板をよく見かける。

山田錦1.jpg

山田錦2.jpg

山田錦3.JPG

カワセミを眺めながら冷水で淹れる煎茶を愉しむ。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

先日の煎茶の稽古は「翡翠」がテーマだった。掛けてあったお軸は宝石の翡翠ではなく、カワセミが描かれていた。

カワセミは、色合いがとても鮮やかなのでよく写真の被写体にもなっている。川で見かけるとだいたい2羽でいる場合が多い。つまり、オシドリ同様、つがいで行動する鳥である。

煎茶席では、このような日本画的に描かれている絵のお軸は珍しい。だいたいが墨画のものが多い。2羽いるはずのカワセミが1羽しか描かれてない。それもよく観れば、なんと悲しそうな表情になっている。

文学的にカワセミといえば”愛の象徴”の意味する。それが1羽で悲哀感が表現されている。ということは、待てども来ない愛しい人を想い悩む描写ということになる。

こんな悲哀の絵を鑑賞しながら、冷水で淹れる煎茶の味がだんだんと渋く変化していく。

翡翠1.jpg

「詩」と「詞」の違いに戸惑う。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

「詩」と「詞」の違いを学ぶ機会があった。といっても理解度はかなり低いかもしれないが、なんとなくこうだろう、という薄識で書くのは気が引けたが折角なので題材をあげてみた。


翡翠屏開繡幄紅,謝娥無力曉粧慵,錦帷鴛被宿香濃。

翡翠の屏風が開かれ、幔幕(まんまく)に、刺繍のあげばりの中に、花の中に、頬を赤くする。あれほど美しかった妃嬪も年を重ね、寵愛(ちょうあい)を失えば無気力になり、夜明け化粧をしなくなり、にしきのとばりの内におしどりの掛布も能(よ)く滲みこませたお香が強くかおる。

微雨小庭春寂寞,鷰飛鶯語隔簾櫳,杏花凝恨倚東風。

春の細雨は寝殿前の中庭には春なのに寂しさと空しさが広がり、ツバメが飛び交い、鶯が春を告げているのにすだれの籠檻(かんろう/自由がない)のなかで隔離されているようなものだ。杏の花の季節には恨みを凝り固まるものであり、東の風に向かって正門に倚(よ)りかかる。

世の中はすべて春を示しているのに、いつまで待ってももう寵愛を受ける事は無い。前段はそれでもなお、寵愛を受ける準備は常にしていなければならない閨(けい/寝屋)のようすを詠い、後段は、探春の宴、行楽に対しても準備だけはしていなければいけない外部の景色様子を詠う。


上記にあるのは「詞」である。煎茶で教えていただいているのは「漢詩」という中国の古典詩。このたび、「詞」が初登場したのでこんがらがっている。文字だけを見ているとまったく変わらないのだが、前段と後段の情景などが異なるのが「詞」と理解した。書いた日や時間が違うが、ただテーマが同じようなので全体の意味としてつながって成立する。
「詩」は、起承転結があって、すべての文字の中で意味が成立するものだと理解したら、わりとすっきりしたわけである。

前回でも書いたように、煎茶稽古は「翡翠」がテーマだった。鳥の「カワセミ」、宝石の「ヒスイ」が登場し話の展開がされていった。
ともに色が特徴で"美しい"が共通の認識である。カワセミはだいたいが番(つがい)で行動するが、描かれるのは一羽が多い。美しいヒスイは"高貴"をイメージする。高貴な女性が旦那さんや恋人がいるにもかかわらず、いつも独りで寂しい想いをしている情景を「翡翠」を題材に「詞」で表現したものを今回は教えていただいた。

独りでモヤモヤとしながらまとめてみたが、なにせ想像力に乏しいおやじには、ちょいと難解であった。

翡翠2.jpg

翡翠1.jpg

翡翠4.jpg

翡翠5.jpg
下段2枚はYAHOO画像より転載

緑に黄金色がひときわ映える。 [文化想造塾<建造物>]

裏六甲の麓を走っていると、写真にあるような茅葺屋根の屋敷邸が見えた。この機会を逃すとまたいつこちら方面に来るかわからないので、思い切って訪ねてみることにした。アポなし旅さながらの行動を取らざる得なかった。

正面門は見えるのだが、どちらから尋ねていいものやらと思案していると、勝手口の扉が開いていたので覗くとおばあさんが縁台に腰を掛けておられた。

声をかけてみると、私の声が聞こえなかったのか、おばあさんから、耳が遠いのでこっちに来て喋ってくれませんか、という渡りに船ではないが入らせていただくきっかけを得た。

ひと通り失礼にならないようにと挨拶をさせていただき、訪問の理由を伝えると、どうぞ、どうぞ、という返事だったので、何枚か写真を撮らせていただいた。

いまだに茅葺屋根。なおかつ屋根を3年前に補修したとのこと。カヤの上部を剥がし新しくカヤを重ね葺き替えたことで、山間の緑に黄金色がひときわ映えていた。

屋根は茅葺がいいよ。家の中も昔のままだよ。
いまは爺さんとふたり、若いもんは街に出でいったよ。

山麓の里で余生を楽しんでるいるかのようだった。

裏六甲1.JPG

裏六甲7.JPG

裏六甲6.jpg

裏六甲5.jpg

裏六甲2.jpg

裏六甲3.jpg

裏六甲4.jpg

裏六甲8.jpg

「ひとつぶのマスカット」が郷愁を誘う。 [文化想造塾<菓子>]

昨夜は煎茶の稽古があった。
話のテーマが「翡翠」。
この漢字は、鳥なら”カワセミ”と読み、石なら”ヒスイ”である。
翡翠色といえば、薄緑。微妙な色で透明感をイメージさせる。

冷水で煎茶を6煎まで淹れ、味の変化を楽しませていただいた。その合間に茶菓子が回ってきた。
煎茶席ではあまり添えられる菓子ではなさそうだが、翡翠の色をした「ひとつぶのマスカット」という名のものだった。
翡翠の話にぴったりの色合いの茶菓子。マスカットの皮だけ凍らせた夏らしい添え物が、冷水の煎茶にマッチしていた。

この「ひとつぶ のマスカット」の製造所は広島県三原市との先生の一言に驚いた。実は私の生まれ故郷である。小さな田舎町で作られているこの菓子を賞味し、少し嬉しく思えた。

マスカット.jpg

自然の姿に、ちょっと感動!! [自然美]

春は桜の名所として賑わう夙川も、この季節は緑一色に覆われている。
季節がめぐり歳月は経ちゆく中、木々は伸びていく。中には川を覆うかのように横に広がる松もある。

今日はこんな松が目にとまった。胴体から何本もの首が出ている恐竜のように見える。
これだけ大きくなると手入れはできなくなる。
自然に枝が折れ、また成長しこのようなちょっと変わった形になるのだろう。

かなり長い歳月が経っているのは間違いない。
人の手が入るとこのような形にはならないだろうが、あるがままの自然の姿にちょっと感動することもある。

夙川1.jpg

夙川2.jpg

夙川3.jpg

夙川う.jpg

三木の五大金物、国の伝統工芸品に指定。 [文化想造塾【逸品殿堂】]

兵庫県三木市と言えば、”播州の打刃物(主に大工道具類)の金物”の町としてが知られている。
とくに三木の五大金物として、鉋(かんな)、鑿(のみ)、鋸(のこぎり)、鏝(こて)、小刀(こがたな)は国の伝統工芸品に指定されている。

国内で古式鍛錬打刃物をつくる鍛冶職人さんは極めて少ないといわれている。そんな中でも「伝統工芸士」と言われ方々は貴重な存在である。

先日、三木市の道の駅の二階に常設展示されている打刃物金物を見せてもらった。
コーナーでは、伝統工芸士の今井重信さんの鍛錬された極めつけの逸品があった。
寸八の鉋が、21万円代の値がついていた。

いまの大工さんの仕事現場は詳しくないが、現場で鉋削りをして姿を見たことがない。柱用の角材は、事前に決まった寸法に削られた角材を持ち込みはめ込むだけのようである。
職人仕事では、鉋や鑿は無用の長物になっている。

いまの職人さんにしても、仕事はスピーディに簡単にが求められている。致し方ないが、職人の技や感などの技能は活かされない。

1ミリ、1秒、1gを活かす技は、機械やコンピュータにも負けないはずである。そんな匠の技が必要とされる時代がまた来ると、道具を見ながら思った次第である。

三木1.jpg

三木2.jpg

三木3.jpg

三木4.jpg

三木5.JPG

三木6.JPG

緑に映える白鷺城。 [日本の美]

今日は姫路に行ってきた。
行くと必ず姫路城を遠目でも見たくなる。
最近は、正面からよりもお城の後ろ姿に魅せられている。
今日も何枚か写真におさめた。
この時期だから木々が茂っている。緑の隙間から見える白鷺城はまた一段と美しい。

姫路城1.jpg

姫路城2.jpg

姫路城3.jpg

姫路城4.jpg

姫路城5.jpg


"日本の心"が凝縮されている。 [伝統文化]

俗界から離れ、夜の花街で芸者さんをお座敷に呼んで遊ぶのは、お金持ちの旦那衆というイメージがある。
いまの時代も、昔より門戸が開かれたといえ一見さんは座敷にはあげてもらえない。花街のお茶屋さんは、昔から「第二のお家」という気持ちで御贔屓さんをおもてなしをしている。そのお家に見ず知らずの人をあげない、という習慣がある。最もな理屈である。

ここ数年、フェイスブックで京都祇園、金沢高知東京などなどの花街の芸者衆のお姉さんがたと繋がっている。芸者衆もSNS等で情報を発信し開かれた花街を紹介している。お陰で花街の伝統文化や習わし等に関心を寄せるひとりになっている。
昔、何度かお客さんに連れられ祇園のお茶屋さんに連れて行ってもらったことがあるが、俗界にたっぷり浸かっていた当時は、あのお遊びの粋さを知る由もなかった。

そのお茶屋さんには、御贔屓さんをおもてなしする芸者さんが、それぞれに所属している。芸者さんには、ご承知のとおり「舞妓」さんと「芸妓」さんがいる。舞妓さんは、十代からお茶屋さんに入り芸妓さんになるために数々の稽古事や行儀作法を学ぶ。その稽古事には、舞踊、お囃子(笛・小鼓・大鼓)、三味線に唄(長唄・常磐津・清元・小唄)、そしてお茶等々、かなり厳しい稽古が続くという。一つだけでも稽古するのが大変なのに、と思ってしまう。

晴れて21歳になると芸妓としてお店にでて、舞妓時代に鍛え磨かれた技能をお客様のお座敷で披露する。
芸妓さんは、舞妓時代といくつかの違いがある。その大きな違いはまずし頭。舞妓さんは地毛(自髪)で結うが、芸妓さんはかつらを被る。写真を見ると確かにそのようだ。
着物は、舞妓さんは中振り袖で肩を縫い上げ、帯は長くだらりと垂れ下げる。そしておこぼ(こっぽり)を履く。それに対して、芸妓さんは袖も短く帯は太鼓を結ぶのが普通のようだ。

この花街には、伝統文化が根強く伝承されている。古くからの慣習や習慣、そしてお座敷、その空間、芸者さんの衣装や外観、さらにおもてなしをする技能等々あげれば切りがないぼどある。
なによりもこの花街には、お客様をおもてなしする心、つまり"日本の心" が凝縮されている。
そんな花街の世界へ自分の意志でチャレンジする十代の女子が少し増えていると聞く。数少ない日本の伝統文化伝承者としてきばってほしいものである。

芸舞妓.jpg

芸子・舞妓.jpg

芸子.JPG

芸.jpg

舞妓稽古着物.jpg