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仁王力士像の怒り! [文化想造塾<建造物>]

巷ではなにかと賑やかになってきている。
街の喧騒から離れ、穏やかな時や風が流れる場所を訪れ、お線香を焚き手を合わせるのもオツなものである。

須磨寺の仁王門には、どこのお寺でも見受けられる仁王力士の阿形像と吽形像の2体を一対として安置されている。
阿形像は口を開けて怒りの表情を表し、吽形像は口を結んで怒りを内に秘めた表情を表している。
これらは、寺院に仏敵が入り込むのを防ぐ守護神としての意味をもっている。
ちなみにこの両像は運慶と湛慶(運慶の子)の作と伝えられている。
真言宗須磨寺派大本山「須磨寺」にて。

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曼荼羅の世界に。 [文化想造塾[曼荼羅絵図]]

高野山の壇上伽藍の金堂には本尊の薬師如来像を挟み、胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅の二幅(にふく)一対の両部曼荼羅図が掛けられいる。

薄暗い金堂内でじっくり拝見させていただいたが、前日まで霊宝館で公開されていた「血曼荼羅」は、残念ながら見ることは叶わなかった。

血曼荼羅とは、胎蔵界曼荼羅の中心にある大日如来像の宝冠を、平清盛自身が自らの血を絵具の中に混ぜ描いたとされる曼荼羅のことである。

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穏やかな時や風が流れる。 [文化想造塾<社寺>]

巷ではなにかと賑やかになってきている。
街頭演説で威勢のいい声が響く。

街の喧騒から離れ、穏やかな時や風が流れる場所を訪れ、お線香を焚き手を合わせるのもオツなものである。

真言宗須磨寺派大本山「須磨寺」にて。

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名月と清風を楽しみ憂いを忘れる。 [文化想造塾<易社/煎茶>]

前2回の稽古では「赤壁賦」を学んだ。
前々回は、お軸にある「前赤壁賦」の一文 ”撃空明兮泝流光”を抜き出して想い巡らした。
前回は、前赤壁賦の一遍である前段を通して作者である蘇軾の心情を探った。
下段にある、その一遍が原文である。

壬戌之秋七月既望蘇子與客泛舟遊於赤壁之下淸風徐來水波不興擧酒屬客誦明月之詩歌窈窕之章少焉月出於東山之上徘徊於斗牛之閒白露横江水光接天縱一葦之所如凌萬頃之茫然浩浩乎如馮虚御風而不知其所止飄飄乎如遺世獨立羽化而登仙於是飲酒樂甚扣舷而歌之歌曰桂櫂兮蘭槳撃空明兮泝流光渺渺兮予懷望美人兮天

蘇軾の心情を要約してみると、
1082年秋、旧暦七月十六日の夜に、
客を伴い、赤壁の下で名月に乗じ舟遊びをする。
三國の英雄 曹操や周瑜の風流を偲び、蘇軾自身がはかない流人の身であることを嘆く。
この無限の赤壁の前では、古人も我も何らかわらない、儚いものであり、万物同一であることを悟り、名月と江上(長江河畔)の清風を楽しみ憂いを忘れた。
ということである。

歴史に残る名文は名文として、蘇軾の想いを詠みとるのもいいものだが、お軸にある一文を取りだし、現代の事象を想い訳すのも楽しみ遊びである。

夜空に上がる花火が水面(みずも)に映る。それを舟から眺めるのも風流である。

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奥の院、まさに自然界曼荼羅。 [文化想造塾<社寺>]

奥の院までの参道は、樹齢数百年の杉木立の樹海である。

その中には数多くの歴史にゆかりのある人物の墓石や供養搭など建ち並ぶ。

奥の院に到着するまでに身が清められていくようである。

現存の曼荼羅を思わせる奥の院である。

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段上伽藍の中門には四天王像が建つ。 [文化想造塾<社寺>]

野山の総門である大門の「金剛力士像」に対し、伽藍の正門として南側入口の中門には四天王像が建つ。

これら四天王は、帝釈天に仕え仏教界を護る武将としての位置付である。
壇上伽藍の中門には、東方を護る「持国天」、南方を護る「増長天」、西方を護る「広目天」、北方を護る「多聞天」の四像がある。

これらのうち持国天像と多聞天像は、平安時代に造立されたが、焼失等で現在の像は江戸時代に造立されたものである。

開創1200年記念大法会に合わせ修復されたのと同時に、新しく増長天像と広目天像が造立され開眼法会がされ四像になった。

ちなみに、新たに造立された増長天像と広目天像は、平成の大仏師と言われる松本明慶氏の作である。

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金堂内に読経が響く。 [文化想造塾<社寺>]

先週の土曜日は秋分の日。お彼岸の中日だった。
どこのお寺さんでも彼岸会が行われる。

昨日の高野山もお彼岸とあって参拝の方々が多かったようだ。
壇上伽藍の金堂で彼岸会の読経があり、たまたま金堂内で拝聴した。声明を聴くかの如く聴き心地がいい。金堂内に響きわたるので体に沁み入るような感じだった。
また至るとこで若い僧侶のお経が聞こえてくる。

金堂前の椅子に腰をかけている一人の僧侶が目に入った。穏やかな表情で私を見つめているので声を掛け、しばし歓談させていただいた。人を受け容れる包容力が身体から溢れていた。
タイの仏教僧で数日間、高野山に研修で滞在しているとのことだった。

日常にない時空に身を置くとなぜか楽しくてしょうがなくなる。そういう場所がいくつかあるというのは幸せである。

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神仏習合の名残り。 [文化想造塾<社寺>]

明治元年、政府から出された「神仏判然令(神仏分離)」までの約千年は「神仏習合」という信仰体系をとっていた。神道と仏教、神と仏、神社と寺院が融合していた。

明治維新後、神仏判然令によって分離したものの、いまでもその名残が見えるのが高野山奥の院。弘法大師御廟までにそれはそれは数多くの戦国大名などの墓石がある。
その墓石や供養塔の前に鳥居が建てらているものがたくさんある。まさに神仏習合時代の名残である。

違和感があるものの、その当時の現象がいまも見れる不思議な世界である。

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日本ならではの風情、風景。 [日本の美]

神戸 須磨寺境内に観月公園がある。
観月台から眺める堂谷池、そして池に浮かぶ浮御堂はなかなか風情がある。
日本文化ならではの整った風景は、いつ観ても心穏やかな気持ちにしてくれる。

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アジアの神々が集う。 [雑感]

巨大なストゥーパ、仏法を象徴する輪宝、その周囲に居並ぶ仏と異形の神々。亜細亜万神殿は、仏教の聖なる存在のみならず、アジアの神々が集う祈りの回廊。

亜細亜万神殿の案内板の出だしの言葉である。万神殿は神戸 須磨寺の仁王門前の太鼓橋横にある、ネパールの首都カトマンズに所在するスワヤンブナート寺院を模倣して昨年に完成落慶法要されたばかりの建物である。

2015年4月25日に起きたネパール大震災からの復興を願いネパール大震災復興祈念堂とも名付けられた、とあった。

中には、龍の下で瞑想する仏陀や観音菩薩などヒンドゥーの神々の石像がある。異質な石像としては、豊穣な女神・ヤクシーをはじめとする美しい女神像が安置されている。

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